ブログ作成してから、色々とテーマが独立していきまして、このブログはもう動いてない状態です。このブログには当初どんなのにしようかと、一応決めてはいたのだけど、テーマ毎に独立してブログが立ち上がったので、このブログは閉鎖となりました。
と言う事で、一応引越しと言う事になりました。
もし興味のある方は是非いらしてください。
新ブログ表ブログはまだここのサイトに存在してます。いつから、メインにしてたブログが裏になったんだろうかw
って事で、とりあえず、閉鎖いたします
# by excess24_x | 2005-02-18 12:10
過去の恋愛で「何でもっと・・・」って思う事がある。
しかもそれは自分の年の事を考えての結果。
そして時に、社会的地位と、プライドとが邪魔をする事もある。
恋愛に社会的プライドなんて関係ない・・・が、やはりそれが邪魔をして彼の言い分も耳に入る事はなかった。
ただ「生意気な事言いやがって」て言う感じでしか、解釈できなかったからだ。
ホントに、おとなげなかっただけなんだなぁって、今思う。
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# by excess24_x | 2005-02-18 02:48 |
恋愛
ブログを色々見て、ちょっと嬉しい記事を見かけた。
私とまるっきり同じ恋愛を現在進行中のブログを!!
見かけた時、思わず嬉しくなった。
彼女をみていて思った事があったのだけど、私には。。。彼女の様な気持ちがなかったって事だったかなぁ。
なんかいつも引いて、彼を見てたりして、ちゃんと応えてあげる事なんて出来てなかったなぁって、彼女のブログを見てそう思ったりしながら、うまく行って欲しいなぁって願うばかりだった。
# by excess24_x | 2005-02-17 02:38 |
恋愛
美容だの、ダイエットだの恋愛だの、占いだのって言うのは、ちょっと目が止まったり、興味のあるジャンルだったりします。
ネットだからと言う事もあるのか、やはりダイエットでたまに見かける経験談に「過食嘔吐」って言う項目がある。
以前は、こんな人タチを「そんなバカなぁ」って感じで見てた事もあったけど、実際自分もその類の人になった時、誰にも助けを求める事が出来なかったのも事実です。
ダイエットって言うのを初めて、それこそ毎日楽しかったわけです。苦痛の筈がこんなに楽しかったのかぁ とか、挫折した自分がなんともバカらしく思える程に楽しかったんです。
何が楽しいって、自分では嫌いと思ってた「運動」が楽しかったからなのです。
運動って言ってもただの「徒歩」、ってゆうか「ウォーキング」なんだけども、一日2時間歩かないともう眠れない程に気になる位の癖と言うか習慣になっていて「歩きたい・・・ん~~~歩きたい・・・雨は許さない><」とある種の禁断症状みたいな感じになってました。
以前なら「雨か。よし中止」と、何かにつけて逃げていたけど、「雨だからどうした!!!かかってこいやあああ」って発想が変わりだした自分にも楽しさを覚えた時だったので、毎日が楽しかったわけです。
ところが、ある時を境に、強迫観念に変わってしまったわけです。
雨の時の対処法なんかは、色々調べてなんなくやっていた。運動は楽しい・・・
食事に恐怖を覚えてきたわけです。
たった1㌔落とすのに、どれだけの時間がかかるのか、どれだけしんどい思いをしないといけないのか。ましてや女性で生まれたので、生理期間はもう拷問だったりします。
なので、男性に比べて落としにくいデメリットもあったりするんだけども、そうゆうストレスが、食事に現れだしたわけです。
だけど、身近にダイエットや運動のスペシャリストが居たので、すぐに解決が出来たんです。
「生理中は太らない努力をしなさい」と。
お。なるほど。そうかと発想を切り替えて、ムリしない程度で維持する期間となるわけです。
そんなある日、精神的ダメージを食らう出来事があったんです。
それからは、普通に「食事がのどを通らない」って言う、か弱い女性になったんだけど、これがダイエット中の私の波長と連動してしまったわけです。
「あんまり食べるなよ~」って抑制心が「食べるな!太る!!」に変わった。
そこへ持ってきて、精神的ダメージ・・・
食べる事の恐怖感も重なって、嘔吐を始めたわけ。
食べたら吐く。その繰り返し。
「あかんあかん、太る」とまた吐く。
ところが、自分はもう吐きたくなんかないので、食べる事をやめる。
こんな生活がしばらく続いた。
私は違う。正常だと思えば思う程気持ちが焦りだして、「食べなくちゃ」って思う程にバランスが悪くなってやってきたのが拒食嘔吐。
ここまで来たら、吐きたい願望に負けてしまって、吐くに吐くだけの食事をとってないから、その為に食べる。決して食欲を満たす為に食べるんじゃなくて、吐く為に大量に食べる。
そして、そのままトイレへ。
「あかん。私はあかんか?正常やろ・・・」とどこかで思う事もあって、それでも毎日吐く、食べる吐くの繰り返し。
そこで私は友達に打ち明けた。
「痩せたなぁ」と言われるのは解ってる。頑張ってるから。
でも、自分では認めたくない頑張り方をしてるから、なんとかしたいけど、なんとかする方法がわからんと。
友達は私に言ったのが「吐き続けなさい」と言うのね。
それからもしばらく、ホントに吐き続ける生活が続いたんやけど、気が楽になってきて。
そのうち「これは差し入れ」と言って私にエサ・・・食事を与えてくれたわけ。
どのペースで、どんな風に食べないといけないかと言う、細かな指示と共にゴハンを運んでくれた。
指示通り食べるが、胃に何かが入った事に許せなくなった事も手伝って、やっぱりまた吐くわけです。
ところが、食べたら、それに見合った運動をしたらいいだけの事なのだが、そうゆう発想を取り戻すまでにこれまたかなりの時間がかかった。
諦めず、友達は私に「これを食べなさい」と声をかけてくれる。
ところが、精神的にバランスが悪いとダイエットはホントに死に近づく行為であるので、やっぱり心身ともに健康でなくてはいけない事を学んだ。
まず精神的に食らった打撃について解決する事からはじめ、それが解決してから元の生活に戻るまで、そんなに時間はかからなかった。
ダイエットとかするに当たって、やっぱり身の回りに、ある程度監視してくれる人が居ないと、暴走してしまった時、厄介である事に気づいたのです。
だから、過食嘔吐してますって言ってる人を見てると、人事ではないなぁと思ったりするのも現状です。
ブログを知ってからと言うもの、よそ様のブログをチラっと覗いてみたりする事が多くなった。
そこで、恋愛カテゴリーがあったりするまではいいが、今の私には・・・今じゃなくても読みたくないかもしれない「私と彼は幸せイッパイなの~」ブログが勿論ある。
でも、やっぱりその中でも惹かれるのが「恋愛感」だったりする。
本当ならトラックバックなんぞ使って、私もそれについて話たいのだが、いかんせん、私にはそんな度胸がない。ランキングに参加はしてるが、コソコソとこじんまりとやってる。
その人が書く恋愛感は、元々は私と似ているのか、はたまた私と同じ事をしてるのか、ちょっと私と似た所があったりするが、私から見てその方(女性)はとてもカッコいいステキな人に見える。「出来た人」なのだ。たまに話す恋愛の話も読んでて苦痛にはならず、勉強になる事が山ほどある。
前回の恋愛の話で、私は色々書いたが、彼女も勿論色々あった事を記して居た。
ただ、同じ局面で私と彼女がとった行動で、彼女は今も順調で、私は破局。。。
勿論私だって学習しますから、改善改善・・・に努めたりもした。
が、彼女のブログを読んで、私には、その解決法と打開策がなかった事を目の当たりにしたわけです。
この差は大変大きく、それによっては進むべき道も変わってくるし、どこに行きたいのかも変わってくる。
意見の違いや、価値観の違いって言うのは、付き合う人の数だけあって、その度に衝突もする。だから、妥協が必要になってくる。
私はこれを心の恋人に言われる前から実践してきた事だったので、抵抗なく受け入れられる言葉だった。
誰だって、自分は妥協しない、邪魔くさい事はしたくない。そう思って当たり前だったりする。
妥協しなくても付き合える相手を求めたいもんだ。
だけど、それはホントにお互いが妥協なしで付き合えてるかと言ったら、そうではないだろうって話は前回しました。
彼女のブログを読んで思ったのは、まさしくその「できる範囲の妥協と努力」の繰り返しなんだなぁって事がヒシヒシと伝わった事です。
喧嘩も勿論あって、しかももう同じ事で衝突を繰り返すとかかれてあった。私もこの経験はある。私も彼女も同じ見解をした。
「そのうち喧嘩に飽きてくる」と。
まぁ、見事にホントに飽きてきます。
「私は彼の意見に標準を合わせた」と記されていた。
そう、私もここまでは出切るんだ。だけど・・・解っていながら、何故か完全にそれが出来てはいなかった。解ってはいるけど「だけど」と私の感情が続く。これがいかんかった。
そして、もう一つ。
同じ女性の彼女の口から出た言葉だから、率直に受け入れられた。
「女性と言うのは~」だ。
男性からすれば、無茶な事を押し付けると。まさしくそれも私に当てはまった。
感情的になった女性を見るのは、ハッキリ言って私は好きではない。そしてまた、それを押し付けられるのも、迷惑である。
だけど、私も、そんな女性にもなる。だが、男性からしたらハタ迷惑な態度なのだと。
冷静な時の私が抱く女性像をそのまま保つ事が出来てれば、男性の目線って言うのも、意外に簡単につかむ事は出来るのだけど、いかんせん・・・私はやっぱり女だった。
客観的に見てる間はいいのだけど、主観的になった時、私がもっとも嫌いで苦手とするタイプの女性に私も変身してしまってるのを、これまた客観的に見る私も居る。
元々は、男っぽい考えとか、思考があると言われた事がある為、極端に女々しい男性と付き合うと、ちょっとうざくなったりする事もある。つい最近付き合った年下の彼がそれだった。
とてもじゃないが「疲れる相手」だった。
結局のところ、男性目線がどうこうと言うより、まぁこれも時と場合に大事な目線ではあるが、最終的に「相手を思う」事が大事なんじゃないかなぁって事に話が落ち着いてしまう。
「疲れる相手」になってはいかんのだなぁと言う事なのねぇ。
# by excess24_x | 2005-02-15 04:09 |
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「エッチ占い」って項目で、ちょっと面白がってやってみたところ・・・
1位にはなれなかったけど、どうしたら1位になるのか、はたまたどんな人が1位になるのかが気になった。
暇つぶしに、自分のランクを見てほくそ笑んでみてください
女性編男性編
先日、昔付き合ってた彼と話をする事があった。
この彼は私よりもはるかに若く、所謂「学生」だった。
当時付き合ってた時に、彼はしきりに「今のままではダメなのは解ってる」と言って、身動きとれない状況の中で、頑張ってる姿を私は見てた。年齢制限で働き口がないのだ。
それでも彼は頑張って、それが日に日に形になっていくのも解った。「変わろうとしてるな」ってのが私には嬉しかった反面、どこか私に釣合う男にさせようと思ったところがあったのかもしれない。
いくらか私が彼に合わせられる所や、補えるところ、出切る範囲で努力をしたんだが、それでも、釣合わそうと思ったところは「時間」だった。
簡単に言えば、同じ社会人であれば、同じ境遇だからこそ、わかる時間の使い方って言うのがあると思う。
「私に一人になる時間をくれ。それを解ってほしい」って言う意味で時間を解って欲しかったわけです。
例えば、これは学生だけに限らずですけど、メール一つにしても、返せない時だってある、でもこれは同じ境遇であったら返せない理由もわかったりするわけですよね。
そんな類の事です。
だから、喧嘩しないでいいところで、よく喧嘩したりした。その大きな原因の一つにお互いの時間の使い方だった。彼は私の事を考え、私は彼と仕事とその他諸々の事を考える。
時間の使い方が時にすれ違う原因にもなった。
そんな事を繰り返して行くと、どうしたってもう邪魔くさくなってくる事ばかりだった。
いつからか、もう彼が邪魔に思えてきたりもしたのも事実。
彼も若かった事もあった為、その辺の事は理解されなかったんだろうと、ここも妥協を惜しまなかった。もし、社会人で相応の人と私が付き合ってたら、お互いになんらかの対処が出来てる所だったりした筈だったから。
付き合って、半年後、彼はやっと変わった。ここまで支えてあげられてたけど、ここからまた新たに支えてあげなくては。そう思ってはいたけど、彼にとって初めての境地の労働。
だけど私は甘やかせたり、甘えは持ち合わせてはなかった。
彼はどうかはしらないが、私には「やっと手に入れた何か」がそこにあったからだった。
甘えや甘やかせる事は簡単だ。それは私には簡単にできる。けどそれは彼の為にはならないと解ってるから突き放した。
そうすれば、私の望まない彼の姿がそこにあるからだ。甘えが生じれば結局、彼自身もまた元の生活に戻るだけだし、それだけならまだいいが、言葉は悪いがそれ以下になる事だってある。
「頑張って」それしか私には言葉がなかった。本当ならこの言葉も時として必要ない。
だけど、最近、彼は私にこう言った。
「そんな時、○○ちゃんは俺を癒してくれた」と。過去の事ながら、私は一瞬呆気にとられたが、彼の求める「癒し」ってどの程度の事を言い、何を求めてたのかが不思議だった。
だけど、すぐに思ったのは、この子が欲しかったのは、現状を見れば結果として現れる事だから今を見ればわかる。
だけど・・・今そうやってあんたが手に入れたのは堕落した生活ではないか?と。私はそんな生活を彼には望んでは居なかった。私が彼女なら、この生活を提供しない。
いわゆる「ヒモ」生活するにあたっては、その生活でも申し分はないだろう。面倒は見れるだけの経済力は私にはある。
だが、彼はそれを否定する。
と言う事は「ヒモ生活者ではない」と言う事だ。
初めての事は最初は誰だってしんどい。だから慣れていくしかない。そう願ってた。
だからそこに甘えは不要だから、私は彼を甘やかしたりはしなかった。甘やかす事は簡単に出切る「そうかしんどいよなぁ。じゃ辞めるか?」って言えばいいんだから。
だけど、彼は変わりたいと頑張って居たのだから、突き放すしか私にはなかった。
一緒に居てあげる事しか出来なかったのも事実だった。
私が何でもしてたから、しすぎたから良くなかったと思った時、突き放しだし、そんな時に別れが訪れた。もし、私が黙って付き合う事をしてたら、どうなっていたのかと考える事もあるが、それより以前に、やっぱり生活レベル的に彼とはもう限界だった。
このままでは私も彼もダメになってしまうと思ったりもしたから、私は口癖のように「別れようか」と言っては彼を困らせた。
彼にとって私はナンだったのか、それを毎日考える時間が私の生活の全てだった。
もし、私が彼と付き合いもなく、関係ない人だったら、それこそいい加減な事を優しさに置き換えて彼の望む様に話してあげる事も出来たと思う。
だけど、あくまでも私の彼氏だ。そして、私には関係のない話ではなかったから、私も一緒に悩んだのだけど、彼にはそれが通じなかった。
私は「彼女なのに、癒しさえ与えてくれない奴だ」と見られてたんだ。
彼には、その時「癒し」と言う名の「甘え」が欲しかったんだなぁと現状を見て把握した。
解ってたから、私は突き放したんだけどね。
結局今の彼は、自分に甘えてしまい、何にも変わってないんだなぁって言うのが正直なところだった。私ならこんな生活をさせないけどなと思ったけど、もう付き合っては居ないので、関与する所ではないが。
なんかもっと成長してて欲しかったなぁって言うのは、正直な感想である。
# by excess24_x | 2005-02-14 00:17
毎週欠かさず聴いてるラジオ番組で、芸能人の暴露なんかが話題になっていて、その中で暴露の仕方の話になってた。
その中に地位確立したって事で杉田かおる 杉本彩が登場してたわけだが・・・
杉本彩の出る作品は~って話になって、内容からするに「どんなエロイもんで、どこまでエグイのか」って興味を持ってしまったんですw
なんせ、そのあおり方が「あれは演技じゃなくて、マジやろ」って言うから、そんなに凄いのか?って思って見たのが、その時話題になってた「花の蛇」だった。
早速、花と蛇を探す私。
私は本編とメイキングがあったんだけど、どっちでも良かったのでメイキングを見てみた。
私にはメイキングで十分だった。
あれ本編はもう見れないな・・・と思った作品だったからだ。
夫が吸わなくなった乳首を、鋭い鍼が刺すほ~
それしか声がなかった私。
無数の鍼が、杉本彩の胸部に刺さってるわけです。
ほ~しかない。
数日後、横を向いて寝てた私に、早朝横で寝てた猫が私を起こすわけだ。
「ニャ~ニャ~」と、ここまではいい。
だが次の瞬間
「イタ!!」と飛び起きた私に何が起こったか。
猫が私の乳首を噛んだではないか!!
ふと、数日前に見た「花と蛇」メイキングを思い出した。
大丈夫や!!私は間に合ってる。
と、咄嗟に私は思ったわけですw
鍼灸治療はするが、それは乳首ではなく、腕や肩と言った定番の治療であって、乳首ではない。ましてや、私の場合鍼ではなくて
牙だった・・・
私は性別問わず、付き合う上でどうやら「放置させとく」タイプらしい。
いや「放置させとくといい」が正しいだろうか・・・?
「どうしてもダメな時、あなたはやっと人を求めるから」だから人がそれに応えると言うスンポ~。
ここ数日、色々な物を見てきて「この人、私と一緒やわ」とか「言ってる事わかるわ」なんて記事はよく見る。勿論これは誰にでもある事だと思う。
中に、中村うさぎのエッセイも見つけた。
「よくぞ!!言ってくれた!」って内容であった。
心の恋人にも言った事だが、過去の私なら「私はこうゆう人です。どうぞよろしく」と本文と、理解しろよって気持ちまでを送りつけながら、押し付けて、だからちょっとゴタゴタな事になっても「私はこうゆう人だから」で許してもらおう、あるいは許せるだろう、いやもう許しとけよ、だからこうなるんだよ、解るだろ、いや解れ。だから出来るやろ、オマエなら。と思いこんでいた。まぁ、それが出来ないならお前はダメ。とまで思ってたさ。
何故なら「私はこうゆう人だからと、あなたに教えたじゃないか」と言う発想から生まれた傲慢や怠慢な考えがあったからである。
またまた人の恋愛感を覗いた所、「合わない人と付き合おうとするの?」と、批難されて居ながら、結果は予想通りって恋愛をした人の話。
「あ~この人も合わない人と付き合って失敗するタイプなのねぇ」と。
ってゆうか、誰だって合わない人と付き合ったら失敗はするんだけど、合わない人とわかってても、人並みに人と同じように感じたい事を求める。結果はやっぱり上手くはいかないわけだが。周りからすれば、「合わない人と付き合うから、そら見た事か」と思われるのか、「学習能力がないから故の行動なのか」と思われるかどうかはわからない。
が、きっと間違いなく思うだろう事は「何故何度も同じ事をするのか」だ。
心の恋人に言われた事がある。
「もし、同じ人としか付き合えてないのなら、それはあなたが、大事な何かを見落としてるからではないだろうか」と
あんた文豪やで。安っぽい言葉で片付けたりしないなぁ!!オイ!
そこで思った。「私が見落としてる、大事なソレとは何なのか」これがいかんせん、一向にわからない。今ふと思ったが、それは相手に求めるのではなくて、自分に求めないといかんわけだな・・・となると・・・やっぱり合わない人とも付き合う事になるわけだw
と言うか・・・そうゆう人とも付き合えると言う言い方にも変わる
が・・・
あかんがな・・・
が、合わない人と付き合っても、それなりに克服しつつ出来てる事は確かにある。前はここでつまずいたが、今回は乗り越えたって感じで。
合わない人でも付き合えてるわけだ。
勿論、合う人と付き合う事が出来たら、それこそ楽で仕方がない事だろう。ってゆうか、まずそれが見つからんから「合わない人」と付き合うんだよみたいな話でもあるわけだが。
よく言われるのが「違う者同士の人が付き合うから、意見がぶつかる」と。これはあって当たり前の事だと思う。
しかし・・・ここでとてもじゃないけど邪魔くさい行為をしなくてはいかん。
その人をわかろうとする努力。
どの占いでも、私はその人に合わせられるところがあるらしく・・・ってゆうか、自分でもわかってるがあわせられる。だからしんどい。でも、苦痛ではない為麻痺はしてきてる。が・・・積み重なると不満になり、暴走する。
なので妥協する事が多い。
いくら合う人であっても、それはきっと必要になってくる事なんじゃないかと思う。
合うとは思ってるだけで、実は合わされて、妥協させて、ムリさせてるから、合うんだって事に気づいてないだけだったりするんじゃないだろうか。
何せ、合わないと解ってる人と付き合ってる時の自分と違う自分で付き合えてる人だし、合わない人に対して「合わせよう」と自分が合わせようしなくてもいい人だから、私に合ってる=合う人と。
心の恋人は、私には申し分ない程に「超ウルトラスーパーミラクル合う人」なわけだ。
ところが、私は心の恋人にこれっぽちも近づいてはいない。ましてや「この人さすがやわ。さすが私と似てるらしい人やわ。私ナンも言わなくても、この人よくわかってるわよ。わかりすぎてるわよ」と。だから私は楽なのだ。何にもしてないから。何もしなくてもわかってる人だから。
合わない人と居る時に「合わせよう」とする行為をしなくてもいい解放感と、苦痛がない。
だけど、だから私は時々思う。
「この人にムリをさせているな」と。
その証拠に、かなりの疲労困憊である。
本当に合う人なら、ここまで「合う人」に対して疲労させる事になるだろうか。心の恋人は、この非常に邪魔くさい行為を簡単にやってのけるわけだ。
「私をわかろうとする努力」をしまくりなわけだ。いやしまくってる筈・・・そうに違いない。
ただ、心の恋人は、それをするのが簡単に出来る人なだけの話。
そして、だからこそ、ここで活用される「思いやり」
友達付き合いでも、気の合う者同士!!って思ってても、やっぱり自分の陰口はきっと言われてるに違いない。だけど、そこでお互いが妥協しあってるからこそ、陰口も出るんやないやろうかと思うわけだ。
その妥協をいたわって、見返りにも似た思いやりを以って接するから、長く「気の合う友」として付き合えるんじゃないかと思ったりするわけです。
これが恋愛関係になってみれば、もうそこはかとなく、これが発揮される。
思いやりはない、妥協はない、考えないこの三拍子そろってしまったら、もう疲れる一方です。
人間、誰でも「長・短所」があるわけで、短所が見えた時点で「コイツさいて~」って言って「合わないわ」って言ってしまったら、もうそいつは規模が小さい奴以外何者でもないだろうよ。
以前、言われた事がある。
「短所を補えるだけの長所を持っている事が大事だ」と。
ところが、どうしてか人の事をわかったつもりで居る人は、もう邪魔くさい事はしたくないので短所が全てと言い切ってしまうわけです。
かと言って、こうゆう人って・・・結構矛盾した事と、筋の通らない事を言う人が多かったり。
それこそ「あんた・・・言ってる事ちょっと違うんやない?」って言いたくもなるが、あんまり言わないでおる私。
どうしたって、自分の都合のいいところは好きで、都合の悪い所は嫌いで。=キライになる前に、私はちょっと考える。
だから、人の事をわかろうともしない人が、人の悪口を言うのを聞くのが、人としてキライなわけです。が、その人の人柄はキライではないのです。殺してやりたい程の奴はおっても、嫌いな人はおりません。
私は、本当は寂しがりやで、甘えたがりなのに、近寄られると、憎まれ口を叩く・・・
あなたはそんな人だと、心の恋人に見抜かれ・・・
だけど、本当にわかって欲しい人にはこれが・・・見事にわかってもらえない。
その原因はわかってる。わかってるつもりで居た。
「伝えようとしないから」だ。
「寂しいと思うのは当たり前でしょ。だからわかってよ」なんて都合よく思う。
「わかってよ!は、ダメなんだよ」と言われた。
さすがにそれはおかしい話だ。「わかる訳ないじゃないか」と。
ただ、ここでも邪魔くさい事がある。「わかってよ」って思ってしまう程なのだから、解ってる事を相手に伝えると言う行為は「言わなくてもわかるだろう」って思考回路があったり、言わなくてもわかってくれる人が居るとか思ってる人には、人に伝える行為は、なんとも「邪魔くさい行為」になってしまうわけだ。
「伝えようとしない」って言う行為は、ダメなのだ。
だけど・・・やっぱり寂しがりなのね~
その辺のコントロールをしてれば、合わない人も合う人になるっぽいか?
やっぱり、できる範囲の妥協と努力って言うのは、必要なんだなぁって言うのは常々思う事ではあります。
私が一生かけて遣り続ける課題に「素直になる」がありますが・・・これがいかんせん難題である。
でも過去の恋愛なんかを振り返って、合わない人と付き合ってても、自分に後悔する事ってまずないのが凄いか?
ありとあらゆる事をしてたら、そら後悔はないやろうって話やけども。
そして、この場を借りて
心の恋人よ
いつもありがとう。
私は、あなたに・・・何度救われた事でしょう。
これからも、嫌がらせの様に、あなたを頼ります。
あなたが死ぬまで、つきまといます(*´σー`)
本当にいつもありがとう。
# by excess24_x | 2005-02-12 03:32
占いってどうも、
「いいところだけ抜粋」「悪いところは排除」って傾向がありがちだけど、言い換えたら、それは
都合のいい事だけを何もしないで待つって事で、何もなかったら
「占いだから当たらない。占い通りにならなかった」って言う思考になる。
悪い結果が出た場合、それはどう克服するかで結果が変わるわけで、悪い結果にならなかった場合、これもこれで「当たらない」となる。しかしながら、これが出来る人は「あたらない」とは言わないわけで、占いと上手に付き合ってる事になる。
何を目的に当たるか、当たらないかを見てるかと言う話になる。
基本的に占いは、そう言うものではなく
「間もなく、目の前に落とし穴が現れます」と言うだけのもので、それに対してアドバイスが出来る人が占い師だったりする。
もしこう言われた場合、
アナタはどする?って話です。
「あっそう」と、
わかってながら直進してはまるのか「いいところだけを抜粋するから、無視無視」と言って
何もしないで立ち尽くすか「では、穴の横を通る事にしよう」と
時間をかけて迂回をするかアドバイスは、きっと「落とし穴があるから気をつけて」くらいにしか言えなかったりすると思う。
例えば天気予報も占いで例えられる。
「雨です」と言われて雨が降らない時もあるわけです。あるいは「傘を持ってお出かけください」
と言う。言われなくてもわかってる事だが、だから自分がどう動くかで変わってくる。
「雨だから、今日は閉じこもる」 のか、
「傘を持って出かけるのか」の違い。要するに、対処法を知ってるか、知らないかで、実行できるか出来ないかで状況はいくらでも変わるので、いかにそれをどう克服するかで結果が変わってくる。
「占いでは
こうなる」と出たとしても、
そうなる様に努力しなくてはいけなかったり、
そうならない様に努力しなくてはいけなかったり。
だから私は、いつも占う時に「結果はこうなったけど、あんた次第やで」といつも言う。
誰だって、順風万藩で、日々幸せ~な生活を送りたいもんで、そんな占い結果を望むもんだけど、いかんせん・・・そうもいかんのが、人なのねぇ・・・
疲れるわぁ
って事で今日は
回転寿司占い山手線占いでご機嫌を伺います。
ちなみに、私の停車駅は御徒町。。。